「恋人と友達のちがい」という話は、人それぞれという言葉に濁され、有耶無耶にされることが多いです。
有耶無耶でも問題がなければそれでかまいませんが、関係毎に付随する暗黙のルールがあり、女性からすると大事な部分であったりもします。
双方の損得感情は異なりますから、自由を尊重すれば全ての人が幸せになれるというわけではないんですよね。
違いのポイント
関係を行動で区別するのは難しいです。
恋人も友達も、同じように一緒にご飯を食べますし、旅行にいったり、悩みを相談したりしますから。
性行為というのはひとつの区切りにはなりますが、じゃあ「セフレ」との違いは何だという話になります。
恋人でもセフレでも、性行為はしますし、相手を求める心理を恋愛というなら、どちらにも当てはまる部分を見いだせるのではないかと思います。
特にこの「セフレ」という存在との違いをボンヤリさせるていることが、区切りを分かり難くしている気がします。
重要なのは、『共有の量と質』です。
何をどれだけシェアしているかで、自分達がどのような関係性であるか分かります。
友達とは
各人に家族がいて、別々に生きている他人です。
それぞれの人生を持ち寄って関わりあう間柄ですから、互いの人生に口出しできる範囲は限られています。
時間を共に過ごす場合も、お互いの都合があう時に会います。
家族ではないので、「会わない」のがベースですから、会える時に会うわけです。
友達でも、親友や無二の存在といえる相手ともなれば、もっと気を置かない付き合いをしている人もいるかもしれません。
でも、全てをシェアし、住む場所まで一緒なら、それは友達というより家族です。
逆をいえば、どんなに親しくても、「友達」という関係である以上は見えない部分があり、自分の人生のように扱っててはいけない部分が存在します。
恋人とは
友達とは違い、それぞれの人生を持ち寄って一緒にいるのではなく、2人で人生を構築していこうという関係です。
仕事も、友達も、趣味も、貯金額も、お互いに深く影響を与えますから、「一心同体」を基本して構築に取り組んでいきます。
恋人は、一緒にいるのが当たり前で、情報を全て共有するのがベースです。
ですから、例外となる「会えない」「連絡がとれない」時に理由が必要になります。
なぜ頻繁に連絡をとりあわなければいけないのか?とか、自分の時間もほしい、といった不満を持つ人がいますが、それは恋人と友達と混合しているのです。
「そこまでの付き合いをしたことはないけど恋人がいた経験はあるよ」
という人もいるかもしれませんが、それは恋人関係と呼ぶには未熟な関係だったというだけです。
もし100人と付き合ったことがあったとしても、一心同体となって歩んだ経験がないのなら、実質的な恋愛経験はゼロということもありえます。
友達と性交していただけ、ということかもしれないということです。
経験した分しかスキルは身に着きませんから、その状態でスキルが上がるなんてことは論理的にも有りえません。
セフレとは
セフレと言われる関係の中には、本名も職業も住所も知らないケースがあると思いますが、当然、それは恋人関係ではありません。
大抵の場合、セフレとは友達程度の情報共有しかしません。
存在としては、安上がりな性風俗です。
しかし、売春のように報酬を得られるわけでもありません。
恋人の方が関係として優れているとは言い切れませんが、女性にとっては、リスクが高く、損の多い関係であることは間違いありません。
愛人とは
他にも、二股とか愛人といった関係があります。
それが「恋人」と違うことは言わずもがなです。
どんなに愚痴を聞こうが、本妻や本命より長い時間を過ごそうが、相手にとって極めて大事な部分の共有を避ける相手が、(セフレや)「愛人」だからです。
大事な部分というのが、財産なのか戸籍なのか体裁なのか、何をさしているのかは分かりませんが、その人にとっては共有したくないものなのでしょう。
夫婦とは
恋人より人生の共有度が更に高くなるのが「夫婦」です。
親戚や過去といった、直接自分達の間柄には関係しない部分まで担い合います。
でも、結婚制度は夫婦の内実を保障するものではありません。
上の書いた「セフレ」や「愛人」といった問題は、夫婦間にも起こりうる問題です。
最初に「違いのポイント」を書きましたが、それは夫婦にも当てはまることです。
婚姻届を出せば法的には夫婦とみなされますが、夫婦関係が成り立っているかは別問題です。
たとえば、
「夫婦ともに不倫をしていても成り立っている人達もいるんだよね~」
という意見を見聞きすることがありますが、これは少々飛躍した意見です。
夫婦ともに不倫をしていて、その不倫内容を持ち寄って楽しんでいる場合。
それは夫婦の話のネタを作っているだけですから、問題にならなくて当然です。
実際は、女子会やカラオケや趣味の話でも何でもいいんです。
その人達にとっては、不倫が手軽であったといだけで、深読みするほどの意味はないだろうと思います。
「なぜカラオケに行ったのか?」なんて問い詰めても、楽しそうだった、暇潰しに、好きな曲があって、練習したくて等々、その程度のものです。
そういった関係の夫婦にとっては、不倫もそれと同程度のことだろうと思います。
でも、お互いに隠しながら不倫を行っている場合は、夫婦関係の潤滑油というわけではありませんから、普通に考えれば、離婚できない理由があるのだと思います。
何か責任や義務があって別れられないか(子供、病気等)、将来の保障として一緒にいる、など。
他に関心が移っている状態で、物理的・金銭的に何の縛りもないのに夫婦関係を続けていくのは、デメリットの方が勝りますからね。
そういった愛以外の理由で留まっている関係は、それほど幸せではないはずです。
こちらのケースでは、夫婦でいる時間がストレスになります。
今はまだ我慢がきくから離婚をしないという状態なので、「お互いに好きな方向をみて生きていても成り立っている」ということではないと思います。
なぜ共有量が大事か
重要な部分の共有量が多いほど、必要性が高い存在ということになるからです。
たとえば、自分の実印を持っている相手と持っていない相手では、存在の必要性が違いますよね。
共有量が多い相手ほど、自分の利益に影響力をもっているのです。
そして、共有量が多いほど相手の人生と自分の人生に重なる部分が増えていき、本来の目的である「2人で人生を構築していく」ことができます。
隠したい心理
「セフレ」をもったことがある人なら分かるとは思いますが、「恋人」とは明らかに共有する内容が違います。
すべて嘘で固めた関係ばかりではないでしょうし、本命は知らないことを話しあっていたり、より本心に近い部分をさらけ出しあっていることもあると思います。
でも実際、やっぱり大事な部分ほど教えることに抵抗を感じるものです。
相手がセフレでなくても、二股をかけていたり、そこまで真剣に付き合っていない相手だと、同じような心理状態になります。
それは、別れる可能性が高い相手だからです。
あまり多くの情報を与えると、別れた後が不安なので、自然とリスクを避けたいと思って情報を制限してしまうのだろうと思います。
問題はどんな呼び名の関係であるかではなく、その関係性が相手の心理を表しているということです。