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ノモア

no more, no less

購買欲の不思議

日常

EDiTというグッドデザイン賞をとったスケジュール帳を見ていました。

スケジュール帳って何故か欲しくなります。

使わないのに。(私は)

 

マステも可愛くて集めたくなります。

貼らないのに。

 

トラベライフも揃えたくなります。

いつもスペースがないのに。

 

レターセットもこんな箱をみせられたら堪りません。

手紙なんか書かないのに。

 

スクラップブックも夢が広がります。

一度も開かないと思いますが。

 

そんなこんなでマンマミーが可愛いなと思ったのですが、私は子供がいないので買う理由がありません。

だから、誰が子供を産んでくれないかな~って思ったわけです。

 

そこで、ふと疑問に思いました。

今この欲しいと思っている感情は何かと。

  

プレゼント欲は趣味とは別物ですし、買っても使わないなら趣味でもありません。

写真くらいは撮るかもしれませんが、誰にも見せません。

送ったとしても直ぐに忘れてしまいます、感謝されたいわけではありませんから。

誰かの「喜ぶ顔」も想像しません。

必要かな~迷惑かな~と迷うことはありますが、考慮するのはその程度です。

プレゼントというのは、ただ贈りたいだけだったりすることも多々あります。

もちろん、可愛らしいものを欲しがる自分をアピールしたいわけでもありません。

「欲しい!」と思った動機に、他人は全く関与していません。

  

そうじゃない人もいるかもしれないので、私は、と付けておきますが。 

 

その欲求は必要性がないと分かっても治まることなく、自分じゃ使いようがないなら誰か必要な人はいないかな~なんて思考に至ります。

しかも、今のところそんな人も周囲にいません。

 

限りなく妄想に近いこの購買欲は、何なのでしょうかね。

誰のために、何のために、欲しいと思っているのでしょう。

 

人が何かを求めて行動する時は、目的らしきものがあります。

シャンプーを買うのは洗髪するため、有名ブランド品を身に着けるのは体裁を整えるため、鑑賞は教養を身に着けるため、趣味は楽しむため、勉強は身を救うため、仕事は生活の糧を得るため、睡眠は体を休めるため、等々。

 

でも、いま私が抱いているような類の欲求はそれらとは違います。

プレゼントだと配送先を指定して直接相手に送っちゃうこともあるので、一旦手元に届くことさえなかったりしますから、物欲に当てはまるのかどうかも分かりません。

 

心理学者ならこの感覚にうまく名前をつけてくれるでしょうか。

「衝動買い」、とか。

 

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