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ノモア

no more, no less

自殺者は「弱い」わけじゃない

自殺する人は弱い - grshbの日記

 

こちらのブログに書かれていることは、典型的な意見の1つではないかと思いますが、体感のない(当事者ではない)人が想像する机上の空論です。

 

ある知人女性は、親が虐待を受けて育ったアダルトチルドレンで、子であるその人も虐待を受けて育ちました。

大人しい性格であったことから、イジメを受けるようになりました。

先生に相談しましたが、みんなの前で話題にされてしまい、イジメが悪化しました。

学校を中退してから事務職で働き、結婚をしました。

当初は優しかった旦那さんも、浮気を期にDVをするようになりました。

旦那さんは浮気相手とのトラブルから身を崩し、酒とギャンブルに依存するようになって、多額の借金を作りました。

「子どもから父親を奪えない」という理由から離婚はしませんでしたが、借金を返していかなければいけないため、学歴のない彼女はキャバクラとソープで働いて全額返済しました。

そういった経験が傷口を広げ、解離性人格障害になりました。

リスカやODをするようになって、自殺未遂を繰り返しています。

でも、彼女はちゃんと子供を愛していて、虐待などをせずに育てています。

その事実が彼女自身の唯一の救いになっています。

 

またある男性は、意を決して日誌で先生にイジメの相談をしました。

先生がイジメをしていた人達を呼び出して注意をすると、逆ギレしたイジメっこ達は同級生に呼びかけ、イジメは集団によるイジメへと拡大しました。

親は新興宗教に熱心で、何を言っても神様の話にすり替えられてしまうため、現実世界の問題にひとりで立ち向かわなければいけませんでした。

親は「悪霊」を祓うことに夢中で、家にいても苦しい思いをしました。

親戚の家へ避難しましたが、柄の悪い土地であったため、不良グループに目をつけられてカツアゲ等をされるようになりました。

縁を切りたくて立ち向かった結果、彼は暴行を受けて入院することになり、退院後も家から出れない状況になりました。

働くことができず、借金を重ねた貧困の中で苦しみ、30歳を過ぎた頃、人生を悲観して自殺しました。

 

またある夫婦は、寝たきりの母親とアルツハイマーの父を世話することになったため、奥さんが仕事をやめて両親の世話をすることになりました。

しかし、間もなく旦那さんの会社が倒産。

転職先は絵に描いたような罵声の飛び交うブラック企業でした。

働かないわけにはいかないので、介護を手伝いながら体に鞭打って働きましたが、旦那さんも癌になりました。

その頃は介護福祉は殆どありませんでした。

また、持家や車等があったので生活保護を受けることもできませんでした。

病気の老人を2人抱えていたら、家も車も必須です。

夫婦は短時間のバイトをしながら介護を続けましたが、介護費を捻出できるほどの収入ではなかったので、借金をするしかありませんでした。

やがて信用を失って借金もできなくなり、生きていくためのお金が底をつきました。

何度も一家心中を考えましたが、しばらくして両親が亡くなった為、借金を返しながら今でも生きています。

 

更に悲しいのは、こういう問題を全部いっぺんに抱えている人もいたりすることです。

 

昔に比べれば、保護センターに入りやすくなっていますし、児童福祉施設も増えたんじゃないかと思います。

生活保護も敷居が下がっていますし、介護支援も受けることができます。

でも、まだまだ不完全な部分があります。

 

こういう話をすると、「そういうケースもあるだろうけど」という人がいますが、自殺者の問題というのは、そういうマイノリティの話です。

99%が本当に罪を犯しているから1%の冤罪(犠牲)は仕方がない、なんてことがないのと一緒で、1人でもいれば十分問題です。

 

不運というのは、沢山の悪い条件が重なった結果です。

その中に1つ2つ本人の努力で解決できる問題があったとしても、それを解決するだけでは現実から逃れられないことがあります。

 

たとえば内戦を繰り返す国に生まれたらどうでしょう。

自分の運命を努力だけで思い通りにできるでしょうか。

そういった不運は、形を変えて日本にも存在します。

 

イジメ、過労死、加齢、障がいや病気、人が自殺を選択する理由は色々とあり、大抵は幾つも問題が重なっています。

「原因」なんてものは、情報として分かりやすいように単純化されたものにすぎません。

実際は色んな悪い条件が重なり、重なった結果が不運となり、自殺はそんな逃げ場のない状況で行き詰った結果なのです。

 

逆をいえば、1つ2つ悪いことが起こっただけなら、また、問題の1つずつに解決策や助けがあったなら、多くの人は何だかんだ言いながらも問題を乗り越えられます。

 

成績が悪くても楽しく生きている人はいますよね?

不誠実でも幸せになっている人はいますよね?

友達がいなくても結婚している人はいますよね?

人望がないのに儲かっている経営者はいますよね?

 

容姿が魅力的でも苦しんで生きている人はいますよね?

性格が良くても不条理を味わって生きている人はいますよね?

頭が良くても過労死する人がいますよね?

才能を持っていても諦めなければいけない時がありますよね?

 

自分の問題、親族の問題、病気や環境、時代や政治、人生は色んな要素が複合的に絡まって構成されています。

TVで嫌われ者が履いていたというだけで、次の日からお気に入りの靴が履けなくなってしまうことだってあるわけです。

すごく簡単で、すごく多面的で、複雑です。

 

もちろん、問題を1つずつ解決していくことは重要です。

そうすれば不運にまで至らずに済む可能性が高くなります。

でも、本人が努力するだけではその問題解決に着手することもできない状況というのはあって、そういうケースが不運という結果となって現れます。

 

各人にできるのは、問題を1つずつでも解決できるように手助けすることです。

自殺を選択する人達は、ある種の「犠牲者」ではあっても「弱者」ではありません。

不運は誰にでも訪れる可能性があります。

努力している人にも、いま恵まれている人にも、です。

 

弱いのかどうかを考えたところで何の役にも立ちません。

助けにならない考察なんていりません。