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ノモア

no more, no less

チャリティとアダルト産業

「おっぱい募金」というのが行われていましたが、「公然わいせつ罪」や「風営法違反」に該当する犯罪だと思います。

 

ある恋人のいる男性が、

「やってるの知らなくて、行けば良かった…絶対に楽しいって!」

と言っていました。

 

それを聞いた恋人はすごく悲しい思いをしましたが、

「いや、ボランティアだから!w」

と茶化して、男性は反省する素振りもみせませんでした。

おそらく、機会があれば行くでしょう。

 

お金を出して胸を揉むって単なる性風俗ですよね。

でも、あの募金にパートナーがいる人は相当数含まれていたのではないかと思います。

 

参加するような奴がクズなだけだろ?という方もいるかもしれませんが…

 

「おっぱい募金」は、HIVに関しては加害者側ともとれるアダルト産業が、HIVを盾に自らの業界活動の宣伝を行う酷いイベントです。

しかし、イベントのターゲット層は、それを理解しきれない頭と心の弱い人です。

本人達に自粛させるのは難しいと思います。

 

アダルト産業の売上がどれほどだと思いますか?

私の知っているアダルト会社の会長は、何もしなくても年に数十億円の収入があります。

単なる募金活動なら、彼らがポケットマネーを出す方が遥かに大金が集まりますし、啓蒙活動は他の方法でも行えます。

なぜそうしないのでしょうか?

お金を出して胸を揉むことが、どんな啓蒙活動になっているのでしょうか?

 

無条件に募れば、当然、その中には既婚者や恋人のいる人も入ってきます。

5000人以上集まって数百万円程度しか集まらないのなら、他の方法の方がいいです。

集まらなければ、その程度の金額であれば業界団体で身銭を切ればいいことです。

 

パートナーのいる人が参画資格がないことを理解して自主規制できるなら良いですが、そもそも、主催者側は「恋人や既婚者は参加資格がない。どうしても参加したい場合は、パートナーの了承を得て参加してください」という十分な説明をしているでしょうか?

 

参加者は、そのボランティアと銘打った宣伝イベントであるため、誰にでも参加資格があると思ってしまっているのではないかと思います。

 主催側でパートナーのいる人を弾けない以上、機会の方を制限していくしかないと思います。

 

誰かの犠牲の上に成り立つボランティアは認めてはいけません。

本末転倒です。

 

エイズ患者は圧倒的に男性が多いです。

女性がおっぱいを出して、もませて、本当にHIVが減るでしょうか。

 

また、HIV感染者は、同性愛男性が多く、医療感染している人もそれなりにいます。

客観的にみると、むしろ偏見を助長する行為ではないかと思います。

 

もし何かを啓蒙するのであれば、それこそアダルトビデオの内容規制をすべきです。

 

怖いのは、

「それでもお金が集まったなら意義があった」

「認知度があがったなら無意味ではない」

と考える人がいることです。

 

1億円を60人に納税させれば60億円です。

チマチマ集める意味なんてありません。

上層階で滞っている金を再配分する方が、広く色んな人を救済することができます。

 

人の欲望を介すると、必ず「いい値」になってしまうため、効率が悪いです。

 

認知度をあげることが目的なら、金持ちに納税させたお金で大々的に広告をうってもいいわけです。

そんなに慈善活動に熱心なら、そういうTV番組を作ったらいいではありませんか。

特集ページを組んだらいいのです。

なぜそうしないのでしょうか?

 

ALS募金で集まった寄付金は、治療研究などに使われるそうですが、 どんな「研究」か、内容を正確に把握している人はどれだけいるでしょうか。

おっぱい募金のお金の行方は?

認知度は上がったとして、その知識は、どのように活用されていくのでしょうか。

 

アイスバケツチャレンジも含め

民間は組織を維持していくために、必ず営利活動を行います。

組織の存続を含めての「支援金」なわけです。

 

ALS患者やHIV感染者の中にも、自力で取り組めるお金持ちはいますよね。

その人達と、いま起き上がれないでいる人が求める支援は違うだろうと思います。

生活サポートも、治療研究も、全てをひっくるめて行っているのかもしれませんが、重要なのは、人によって必要なサポートが違うということです。

 

また、社会が抱える問題は、ALSHIVだけではありません。

 

人によって必要なサポートが違うからこそ民間団体が必要なので、協会の存在意義を問いているのではありません。

ただ、民間がお金を集めれば、必ず偏りが生まれるということも判断材料に含めて考えないと、社会福祉の有り方を見誤ると思うのです。

一方では「老害を殺して年金負担をおさえろ」と主張する人達もいるわけで、大変バランスが悪い状況だと思います。

そういった矛盾や不公平は、いずれ社会福祉を否定する要因になっていく気がします。

 

私は、特別学級の直接的な支援(お世話など)をしてきました。

少額ながら寄付も続けています。

「しない善よりする偽善」だとも思っています。

一時的な支援や民間ボランティアの活動すべてを否定するわけでもありません。

むしろ、場合によっては必要不可欠なものだと思います。

 

問題は、犠牲者の伴う場合です。

アイスバケツチャレンジでも、おっぱい募金でも、犠牲者が存在します。

 

アダルトビジネス

性犯罪者の中には、犯罪の直接理由としてアダルトコンテンツなどをあげる人が数%ほど存在します。

だからといって、全員が犯罪者予備軍であるとまでは言えませんが、 既婚者や恋人のいる人の利用には強い嫌悪感があります。

なぜなら、悲しむ人(犠牲者)がいるからです。

 

私は、ここがボーダーラインだと思います。

 

性産業は、「廃止するか内容規制をする」又は、「パートナーがいる人の利用を禁止する。そういう人達の目に届く宣伝活動もダメ」とするか、ではないかと思います。

 

パートナーがいる人は客としない、それができないなら、すべて廃止(又は内容規制)、というのが妥当だと思います。

 

パートナーがいる人から性産業等を遠ざけても困らないはずです。

 

逆をいえば、こういった区切りがないということは、パートナーを傷つけたり契約違反をすることを肯定しているようなものですから、批判する人がいるのは当然です。