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ノモア

no more, no less

夫婦別姓と婚姻制度について

 

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昨年、選択的夫婦別姓と再婚禁止期間について最高裁判決が出たことを受け、色々な意見が出ていました。

気になっていたのですが、そもそも婚姻制度が何であるか、あまり理解されていない気がしました。

 

仕事が始まってしまうと中々書けないので、後で見返せるように気になっていた話題について書いておきます。

 

結婚制度(民法婚・法律婚)とは

元記者の福島さんの話が出ていましたが、世間の意見を聞いていても、婚姻制度と主観的な結婚観とが混同されている気がします。

 

平成19年版国民生活白書(全文HTML)|第1章|第1節 家族のつながりの変化と現状(1/4)

 

日本には2つの分籍(除籍)制度があります。

1つは分籍届を出して親の戸籍を離れる方法です。

そして、もう1つが婚姻制度です。

 

婚姻制度とは、親の戸籍から独立して、新戸籍の編製を行う制度です。

婚姻届とは、その新戸籍を作るための届けです。

 

同姓か別姓か、どちらの姓を名乗るかに関わらず、両者共、結婚する際に親の戸籍から独立して自分達だけの新しい戸籍になります

 

よく「入籍する」という表現を聞きますが、間違いです。

戦前にあった家制度の名残りでしょうが、戦後に廃止されています。

婚姻後は自分達だけの新戸籍になるので、どちらかの戸籍に入るわけではありません。

ちなみに、未婚で出産をした場合なども、新戸籍に移行できます。

 

第十二編 第一章 第三節

昭和22年12月22日法律第224号をもって、国民の身分関係を公証する戸籍法が改正公布され、改正民法とともに昭和23年1月から実施されることになった。
 この戸籍は、「家」の登録であった従来の戸籍法とはその本質を一変して、国民各個人個人の身分関係を公証する公文書となったわけである。
 すなわち、改正戸籍は、市町村の区域に本籍を定める「一つの夫婦及びこれと氏を同じくする子」ごとに1戸籍を編製することになったのである。

 

戸籍制度 - 相続手続・遺言書作成、会社・法人設立、許認可申請代行 石川県白山市の東口行政書士事務所です

現在の戸籍簿は、一組の夫婦を中心に編成されています。

 

家族とは、厳密には新戸籍における配偶者と子を指します。

財産は家族のものであり、親は親族なので口出す権利がありません。

 

広義での家族は、住居を共にする親族集団等を指しますが、特別な事情がなければ、夫婦の扶養義務は子のみです。

老親の扶養が求められるのは、同居または同居と同等として扱われるケースです。

財政不足により広義家族の負担割合が上がってきていますが、婚姻制度とは別です。

たとえば、昨年に介護法が改正されて自己負担率が上がりましたが、政府は病床数を減らして広義家族間の介護負担割合をあげていく方針です。

 

お墓については、福島さんが分籍していなければ親の戸籍に入ったままなので、親と同じお墓に入るのは普通ですが、いずれにせよ民間規定です。

 

戸籍は「相続権」を公的に保障するためにある

なぜ戸籍が必要なのか - 相続戸籍相談センター

戸籍は個人の都合による事情以外にも、法改正によって新しくなることがあるのですが、その場合、新たに作られる戸籍には、その一つ前の戸籍には記載されていた「離婚」や「養子離縁」などの事項が省かれ、記載されていません。よって、もし離婚後に子供が相手側の戸籍に入った(相手側が親権をもった)場合、自分の新しい戸籍には子供がいたことが記載されていませんので、全ての戸籍を取り寄せなければその方に子供(相続人)がいたのかどうかを確認することができないのです。

  

憲法第24条

(1)-婚姻は、両性の合意にのみ基づいて成立し夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。

(2)-配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚ならびに婚姻および家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質平等に立脚して制定されなければならない。

 

婚姻制度で保護しているのは、「戸籍の独立」「財産の相続分」です。

 

子供も家族であり、相続に関わってきますが、婚姻制度は子供を産み育てるための制度ではありません

 

親には子に対する扶養義務がありますが、それも婚姻制度とは別物です。

離婚しても、非嫡出子でも、親子関係は認められます。

婚姻制度の客体は夫婦になる両人であり、子がいなくても夫婦だけで成立します。

結婚している夫婦の方が安定して子供を育てられるであろう、という文化的憶測があるだけです。

 

親子関係を明確にするのは、相続権を明確にするためです。

 

 第755条 夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款に定めるところによる。

 

夫婦財産制度では、2つの方法から共有財産の扱いを決めることができます。

 

1つは「契約財産制」で、両人で取り決めを行って公証化する方法です。

この取り決めを行わなければ、自動的に「法定財産制」になります。

立場の弱い方が不利な契約を迫られることがあるので、公平性を保つために法定財産制によって法定相続分が決められています。

 

法定財産制では、財産を共有財産と特有財産が区別されます。

注意が必要なのは、法定相続分は遺産分配などに対する保護なので、たとえば、無収入の専業主婦の場合、家事や育児に専念して家族を支えていても、離婚時に認められる財産分与の相場は3割程度です。

 

同性婚の捉え方

同性愛者でも新戸籍は作れますし、子供も持てます。

既に夫婦や家族の実態もあるのに、同性愛者だけが婚姻制度による新戸籍の編製を行えない状態です。

 

一般的な分籍と婚姻制度の違いは、パートナーと共有の新戸籍を作れるかどうかで、その違いは法定相続分に影響します。

厳密には同じではなくても、近いことはあわせ技で行えますが、婚姻届一枚で保護される異性婚と比べると、かなり手間暇費用がかかります。

 

海外では、パートナーシップ法など、婚姻制度に近い形で同性婚を認めていることもあります。

日本の現状に比べればマシですが、PACSのような契約財産制の対象拡大である場合、法定財産制と同等の公的保護が適応されるわけではありません。

 

そもそも特定の人達を公的保護の対象から外していることが問題なので、「結婚しなければいいだけ」とか「遺言書を残せば?」といった代替案は的外れです。

特定の人達だけを公的保護から除外するには、相当の合理的な理由が必要です。

 

憲法には「両性」と記載されていますが、家制度を廃止するための記述なので、これについての解釈議論は主旨から大きく外れます。

特定の人達を保護対象から外していることの方が、遥かに違憲性が高いです。

 

「家族観を壊す」という人もいますが、それは各人で築き上げるもので、婚姻制度に付随するものではありません。

 

制度に個人的な思い入れを持つのは自由ですが、制度主旨はシンプルです。

「戸籍」「財産」「子ども」は「相続権」に集約されますから、婚姻制度はつまるところ「財産の扱いをどうするか」を公的に保障するものです。

 

選択的夫婦別姓

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判決を要約すると、

「同姓規定は、家族の識別方法として機能していて、子の利益にもなっているので、合理性がある。旧姓使用が広まれば不利益もある程度は解消される。一方、別姓がどう子の利益に繋がるのか不明で、違憲とまではいえない。もし不利益が生じているなら、議論して法律を変えて」

という感じです。

 

裁判官によっては、「だからといって別姓を全く認めないことにも合理性がない」「意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用している」という意見もありました。

 

原告の主張は、大まかにいえば以下の2点です。

「氏を変更されない自由を侵害している」「男女差別である」

 

でも婚姻は強制ではないので、権利の侵害にはあたりません。

また、法律は「夫又は妻の氏を称する」と男女格差のないものになっています。

女性の96%が夫の氏に変えていますが、慣習的なものであり、法的には平等です。

 

差別の部分に焦点をあてるなら、民法婚と契約婚の間に不平等が存在する」という主張の方が考慮される余地があったかもしれません。 

 

先に述べたように、婚姻制度で保護されている部分は、事実婚や契約婚、内縁関係などでも、契約書を公証化したり、遺言書を残したり、養子縁組などを行うことによって、似たようなことはできます。

 

でも、厳密には違いますし、これらは証明書や手続きが必要で、婚姻届1枚出すだけで保護される婚姻制度と比べると、労力も費用もかかります。

平等にするなら、民法婚をする際に同等の費用を課した方が良いです。

契約婚における各種手続き費用が10万円かかるとしたら、民法婚でも10万円を手続き費用として徴収すべきということです。 

そう考えた時、契約婚にも同じ利益を与える方が各人にとって損が少ないです。

 

また木村さんも言われていますが、96%が男性姓を名乗っているのということは、男性の意向が通り易い状況にはあるということなので、たとえ選択的別姓を制度として用意しても、実際は選べないケースが出てくるだろうと思います。

 

平等にするには、「別姓、または新しい姓を選択できる」とした方が良いわけです。

新しい姓を選択できれば、どちらかの氏を継続することも、全く新しいものに変えることもできるようになるため、広く権利が守られます。

 

再婚禁止期間について

民法には嫡出推定の規定があり、離婚後300日以内に産まれた子は、元夫の子と推定されます。

同時に、再婚から200日以降であれば、再婚相手の子と推定される規定もあります。

再婚から200日~300日の100日間は、「前夫の推定規定」と「再婚相手の推定規定」が重複していることになるので、どちらの子にもなれる状態です。

 

最高裁は、この重複期間について「100日を越える部分は違憲である」としました。

離婚後に100日間の未婚期間があれば重複がなくなるので、それを越える日数を禁止するのは合理性に欠けるということです。

 

しかし、多少の重複する期間があったとしても子が受ける行政サービスや生活に支障が出るわけではないので、再婚禁止期間自体が不要であるとしたのが、弁護士出身の裁判官である鬼丸氏と山浦氏の2人です。

 

鬼丸かおる裁判官は「百日未満であってもすべての再婚禁止期間が憲法違反だ」と指摘。山浦善樹裁判官は禁止期間を設けること自体が違憲だとし、「国会が法改正を怠った違法がある」と賠償を認めるべきだとの反対意見を付けた。

 

判決は現法を前提としたものなので、もっと踏み込んで欲しかったなと思います。

でもこの判決であっても、再婚禁止期間を廃止することは可能です。

100日以上は違憲だというだけなので、0日にすることもできるからです。

 

私は、男女共に再婚禁止期間は不要だと思っています。

出産後に子のDNA検査を行えば良いので、出産前に再婚禁止期間を設ける必要はないと思います。

離婚後の出産は元夫と子に接点がないので、婚姻中に出産したケースほどは難しくないはずです。

 

出産前に元夫が亡くなってしまった場合は、遺産相続が難しくなることがあるかもしれませんが、確率としては少数ケースだと思うので、そういった場合の規定だけ別に設けておくので十分ではないかと思います。

 

別姓の是非

話が前後しますが、私は別姓に反対ではありませんが、積極的賛成でもありません。

 

婚姻制度が新戸籍を編製する制度である前提を考えると、

「婚姻時に新しい氏にする」というのは妥当性が高いので、大賛成です。

でも、別姓は家制度を引きずっている部分があるので、微妙です。

 

別姓はどちらかというと家制度を肯定する立場ですが、婚姻制度は家制度を廃止して個人の利益を守るための制度なので、厳密にいえば相反するものです。

制度主旨に反する要素を取り入れるとなれば、理由によっては、他人が別姓を選べるようになるかどうかだけでは済まず、制度主旨にも影響が及ぶ可能性があります。

 

たとえば、一部でも家制度の要素が復活すれば、老親の扶養義務が強まるかもしれませんし、子孫繁栄のためと称した性差別が復活するかもしれません。

家制度が廃止されたことにも経緯がありますから、取り戻した権利の有難さを、なくしてから再確認するなんてことが無いようにしたいですよね。

制度主旨を変えれば、新たな不利益が生まれる可能性もあることを、忘れないでいた方が良いと思います。

 

また、選択的別姓によって得られる利益が、別姓に対する社会的コストに見合っているかどうかも問題です。

社会的コストといっても微々たるものですが、最高裁判決は妥当かなと思います。

 

結婚すれば一方の姓は変わるので、両者共「新しい氏」になっても、社会的コストは今と大して変わりません。

でも、少数でも別姓を選ぶ人達がいると、氏以外の方法で夫婦、親子、独身者などを判別しなくてはいけなくなります。

氏で家族を判断する方法は、非常にローコストであり、多くの人が直観的に関係性を理解できます。

 

別案として、「いっそ苗字を廃止しちゃえば?」という意見も見かけましたが、これには賛成できません。

氏がないと個人を区別しにくくなるからです。

氏名は他者が区別しやすいようにつけられているものなので、区別しにくくすることに功利があるとは思えません。

 

たとえば、社内に同名の人が何人もいると、名刺や名札だけでは判断がつかなくなります。

不便なので、結局、何か要素を付加して区別しなければいけなくなりますが、民間でやると基準を統一できないので、そこそこ混乱します。

今でも、同姓同名の人が同じ部署にいるとそれなりに混乱が生じるのに、名前だけになったらもっとですよね。

 

また、民間基準の場合、所属組織の意向にそった個人識別方法になります。

それが現在の姓名基準よりも優れたものであるとは限りません。

ゼッケンをつけるとか、もっと個人の意向が通り難くなる可能性もあります。

立場の弱い個人にとっては、自由も不自由も紙一重の性質を持っています。

 

それで思うのですが、そもそも会社で本名を使用する意味ってあるのでしょうか。

 

私は本名とは別の通称を長年使用していますが、特に問題ありません。

むしろ、通称を本名に戻さなければいけない場面の方が不利益は大きいです。

IT系や制作関連では、SNSアカウント名が通称化している人もいます。

 

実際、旧姓を使用する人も増えましたし、芸名で活動している政治家もいます。

本名である必要はないということですよね?

なのに、なぜ本名の使用に拘っているのでしょうか。

 

社員の身元は会社が把握していれば良いことで、同僚や客にまで本名で接する必要性を感じません。

フリーランスだと最後まで本名を名乗らずに取引を終えることがありますが、だからトラブルが起こるなんてことはありません。

逆をいえば、本名だから信頼できるなんてことはないわけです。

 

なので、本名とは別に、通称名を持てるようにしたら良いのではないかと思います。

企業単位でもかまいませんが、できれば本名とは別に、もうひとつ公的な通称名を任意で登記できるようにしてはどうかと思います。

 

公的手続きや、親子の証明、契約時には本名を用いて、他の民間手続きや社会生活には通称名を使用できるようにするわけです。

親につけてもらった名前は戸籍名として残りますし、通称名は自分でつけることができるようになります。

 

通称名があれば、結婚して本名が変わっても通称名は変わりません。

犯罪被害者だって、もっと簡単に通称名を変えられるようにした方が良いですよね。

 

戸籍は相続関係が分かるようにしておけば良いだけのものですし、身元は会社などが保証すれば良いことなので、ちょっと本名に拘りすぎなのではないかと思います。